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旧友に会う
先日旧友に会った。
彼とは小学校、中学校、高校と同じで毎日一緒に学校に行った唯一の友人であった。
残念ながら大学は別々になったので18歳からの4年間は一緒に通えなかったが、
それでも、家が本当に近所なので頻繁に会うことが出来、そのことを疑うことも無かった。

ところが22歳になり、彼は就職して東京に行ってしまった。
そう、私たちの人生の転機であった。
私はそのまま地元で就職し同じ場所に留まったが、彼は44歳になった今まで大阪には
戻ってくること無く今は仙台で仕事に就いている。


彼と最後に会ったのは12年か13年か前だった。
それもほんの一瞬だけ会っただけだった。そして今回が2回目くらいであろう。

人生の前半の22年間でそれこそ何百回、何千回と通い、遊び、学んだ友人が、
そこから後半22年間で2~3回しか会えないと誰が想像するだろうか?


今回の彼の大阪帰省も急用を要してのことだったらしく、久々の再会に許された時間は1時間だけだった。


地元を離れて人生半分、もう22歳までの記憶はどこか遠くにあるらしい。
そしてこの22年間で大きく変わった地元にも、かつて自分が過ごした場所という感覚しか無いようだと言う。

実は私も大学を卒業して全国規模の会社に就職した。
しかし実家が商売をしていることに甘んじて戻ってきてしまった。
おそらく、商売をしていなかったら私も彼と同じ人生を歩んでいただろうと想像できる。

そう考えると私たちを支配しているのは仕事なのであろうか?
地元に残った私は父母とも何度も簡単に会えて、子供達もジジババに何度も会える。
一方、遠くに行ってしまった友人の子はジジババにもそう簡単に会えないだろう。

きっと、ジジババに対する価値観、ふるさとに対する価値観自体がうちの子供とは違ったものに
なっていると考える。

いろいろ考えていると、この就職してからの人生半分の22年間は本当に重たいと思う、
地元に残った私と、遠くに行ってしまった友人と大きく違う価値観をその家族共々育んでいる。

かつて毎日会うことが「普通」できっとこれからもそうだろうと考えていた頃、
まさか22年後にこんな事を考えるとは思っていなかっただろうと考えると、なんだか少し切なく思った。

1時間が経ち、懐かしい話にもまだまだ時間が足りなかったが、少年時代の2人に僅かながらに戻った。
そして、彼が「じゃ~またな」と帰って行った。
次、いつ会えるかは約束など無いしすることも出来ない。
66歳になったときに私は今度は友人に対してどんな思いがあるのだろうか?
それは、そのときまで生きてから考えるとしよう・・・・・。
by eos1d3 | 2014-07-13 23:40 | 徒然に | Comments(0)
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