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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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村野藤吾展
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今日は開催が明日までと迫った村野藤吾展に行って来た。

実は展示に行くまでに村野氏の作品であり、昔から何度も前を通った千里南センターを
撮影してから行こうと思った。実はこの千里ニュータウンの建造物は既に初期のものは50年近く
経っており解体が進んでおり千里南センターも例外ではなかった。
そろそろ解体の時期かと思って近くまで来ると、もう既に「それ」が無い事が分かった。

いつでも行けたのに、もう解体されることも分かっていたのに行かなかった私が悪かったのだが
それでも、大阪なんばのそごうやダイビル等、彼に関係する歴史的な建造物が時代とともに
伝えられて行くのではなく取り壊されていくのは寂しい限りだと思った。


さて、明日は台風が襲うかつ率が高いとの事で特別展示エリアは結構な人で賑わっていた。


中には村野氏が携わった初期の建築物から、最近のものまで、それとイスや机と言う風な
家具も設計し作成していたのでそれらの作品も一緒に展示されていた。

建築と言うのは誰もが接する一番身近な藝術になりうるものである。
しかし建築の藝術性というのは無責任であってはいけない。
少なくとも、その中で人が快適ではないとしても生活できなければ最低限の建築とは言えない。

実際に最低限の快適では依頼者は納得しないのでより機能的に合理的に設計しようとする。
その制限の中にいかに規律性を考え設計するかが建築家の醍醐味といえるだろう。

言える事は、誰もが接し感じることが出来る建築と言うものは、おのおのの価値観でもって
自由に感じ評価しても良いと言う事だ。
その中には難しい学問やうんちくは必要ない。それが好きなら好き、何となく快適なら快適でよい。
中に入るなり、なんか感じ悪いな~と思えばそれがそのひとなりの評価である。

多くの人のいろんな価値観と人生観がその建築を評価し、それでも素晴らしいと言えるものが
いい作品であり、いい建築であると思う。


どんな建築にも設計した人がいる。
何気なくそこになるマンションにもビルにも住宅にも設計した人がいる。

その中で一際輝く魂の篭った建築に出会ったときに、きっと隣の人も輝いた目で同じように見ているだろう。
そんな、建築が村野藤吾であり、彼の残した作品であると思う。
by eos1d3 | 2014-10-12 17:43 | 徒然に | Comments(0)