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PTAの存在
今日yahooニュースを見ているとこんな見出しでPTAの話題が載ってあった。

PTAやめたの私だ ひとりの主婦の静かなる抵抗

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私は今までにPTAの役員もやったし、大阪市青少年指導員もやったし今も区政会議委員をやっている。
それぞれが無報酬のボランティアでやっていることで、これらの役もPTAとよく似たものと考える。

この記事を読んでいると、そしてそれぞれのコメントを見ていると大事な何かを忘れているような気がする。
それは、PTAは小学校や中学校に通う児童、生徒の保護者の集まりに一人一人では弱いので、
保護者会として権利を与えようというものであることを忘れてはならない。

我々保護者にあるのは義務ではなく、権利であり学校と行政が暴走したとしたとき、それと同じ
力で対抗できるものが実は保護者会であるPTAなのである。
学校の設備・施設の不備や欠陥も是正も、個人の保護者の意見ではなく保護者会しての総意の
意見であれば通すことが出来るし、学校側と対等に話することが出来るのである。

PTAをなくすという事は、同時にその権利を放棄することと同じということではなかろうか?
もちろん、忙しくてPTA活動に参加できない場合は多いし、もちろん役員にあるいは実行委員に
なれない場合はあっても、一人一人の子供たちの親が、学校や行政のおかしなところに疑問を持ち
子供たちを守る気持ちがあれば、PTAはいらないとはならないのではないか?

町会も然りである。
町会の集まりが連合となり、その連合会長は行政に対して意見を言う立場を与えられる。
社会福祉協議会にしてもそうである。すべては一人一人では弱い立場の私たちを守るための
システムなのであるから、なくて当たり前というのは危険な方向に進んでいるという事に
気付かなければならない。
by eos1d3 | 2017-01-29 17:32 | 徒然に | Comments(0)