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懐かしい写真
物を探していて、その探していたものとは違った物が出てくることってありますね。
古い本棚の引き出しを探していると、20数年前の懐かしい写真が出てきた。
そうだ、これは大学を卒業して新卒で就職した会社の新入研修での写真だ。

1994年4月に私は人生の船出である社会人になった。
今も忘れない前日の3月31日に実家を出た時はもう二度と家族とは住めないと覚悟した。
新大阪まで父に送ってもらい「頑張ってこいよ」と言われ、涙ながらに東京に出発した
ことを覚えている。

その日のうちに東京に着き、入社式を明日に控えた新入社員255人が集まって
バスに乗り虎ノ門の本社から富士山麓の西湖湖畔の研修施設まで行った。

次の日、また255人全員でバスにのり虎ノ門の本社の最上階で当時の柴田平社長から
入社の祝辞を受けて、また富士山にもどり14日間の研修が始まった。

写真はその14日間の研修の合間に撮った若き私の写真とその仲間である。
2週間の研修が終わり、各々が全国の支店に分かれてその場で別れた。
赴任地につき、しばらく経ったころ一通の封筒が届いた。
私は四国支店、同部屋の彼は東北支店と離れ離れになったが同期の桜である。
その中には、研修中に撮った写真と、将来頑張って本社で会おうと書いてあった。

結局、私は辛抱が続かずに辞めてしまい、地元大阪に戻ったわけであるが、
この写真が見つかったことから彼の名前を検索してみたら、まだその会社でしかも
地方の営業所長として頑張っていることがわかったのだった。

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実は、富士スピードウェイに行った2008年に、この研修所を訪れていた。
名前こそ変わっていたが、そのものの建物があり懐かしく思ったものだ。

私にしては、人生の苦い記憶であるが、まだあれから23年経った今もほとんどの
同期がそのまま頑張っている事と思う。今でも、その会社の会社社章を見ると、
気持ちがビチッとなるほどの会社である。
あのまま、我慢して勤めていればとたまに夢で魘される日もあるそんな過去であった。
by eos1d3 | 2017-09-13 18:39 | 徒然に | Comments(2)
Commented by ジュニアユース at 2017-09-13 22:25 x
ゼクさん、こんにちは。
分かる話です。
私もこの歳になると、重ねてきた月日と共に、懐かしい写真や、あの頃に通った建物、そしてそこで出会い、分かれてきた人たちのことを思うことがあります。
他人には大したことない、他愛もない、そんなものでも、今の自分がそれらの積み重ねの上に居るのですよね。
前ばかり見続けていた頃の自分、それが若さと言うものなのでしょうかね。
Commented by ゼク at 2017-09-15 18:45 x
ジュニアユースさん、私は新卒で勤めた会社をすぐに辞めてしまい
そのことが今でも少し心残りであります。
既に23年経って私には過去ですが、いまだに勤め続けている仲間の
事も思い出すと、やはりセンチメンタルな気分になりますね。
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