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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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出石そば
今日は、娘の大学合格の祝いと母の退院祝いを兼ねて家族7人で温泉旅行に来ています。
久々に城崎方面にきて、お約束の出石そばを食べました。

出石町では春の祭りがおこなわれていて、規制されていてすごく混んでいました。
しかし、そばは細いながらも腰があって非常に美味でございました。

どこの店でもこの大きさの皿が5皿で1人前です。
普通の男性大人であれば、簡単に15皿は食べれると思いますが、5皿で870円と、
なかなか高級料理となっております。15皿で2500円。お肉も食べれる金額です~~。

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by eos1d3 | 2016-03-20 20:01 | 徒然に | Comments(0)
さらば!かわいいオモチャ達
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今日もいくらかのオモチャがゴミに出されていた。

古い写真を見ていると狭い我が家の片隅にまだ子供たちが小さかった頃に
オモチャを置くスペースを作ったことを思い出した。

女の子と男の子がいるのでヒーロー戦隊モノのオモチャからお人形さんまで
いろんなオモチャがもう分けることが出来ないほどたくさんあった。


下の子が小学校に入るときにこの場所を整理して勉強机を置くことにした。
それが9年位前か?この写真はそれを遡ること5年前の2002年の写真である。

今は、もうこんなオモチャなど見向きもしない子供たち。
小さなものはその都度捨てていたが、やはり大きなオモチャはずっと置いていた。
それも、置き場所が邪魔になってきたので、2年ほど前から順番に捨てている。

その捨てたゴミに出したオモチャを見ると、そういえば十数年前こんなかわいいオモチャで
一生懸命遊んでいたなと懐かしく思い出す。
そのオモチャを収集にきた市のゴミ収集車を見ていて、思い出も同時になくなるような気がする。

実際はそんなことはないのであるが、子供たちが育った証が物体として無くなっていくのは
その成長ごとに遊んでいた姿までも忘却の彼方に捨ててしまう気がしてならないのである。

子供たちは日々、成長している。
そのことを心から喜びながらも、どこかでもうこれ以上大きくならないでと思っている自分がいるのである。
by eos1d3 | 2016-03-14 18:46 | 徒然に | Comments(0)
今年は・・・2
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さて、母が退院してきてから今まで回復期リハビリ病院でやっていたSTと呼ばれる
言葉によるコミュニケーションが問題のある人の援助、脳機能を活発化させるリハビリが
出来なくなって、余計に時間的感覚が衰えていったように思います。

さらに悪いことに、右脳の欠如により活力が低下し例えば着替えをしないとか、
身の回りの片づけをしないといった無気力状態になります。
ただ、認知症と違うのは、これらの活力がなくなった自分を理解できており、
この高次脳機能障害の厄介なところで、自分が何も出来なくなったことを理解しているが故に
余計に希望がなくなるのでした。

私の母は元々、両足が悪くて両方の股関節が人工股関節になっていて、脳梗塞になる前から
要支援1の介護度であった。そこで、この介護保険を使って足のリハビリに通っていましたが、
今回、脳梗塞になり高次脳機能障害という後遺症が残ったので、要介護1にならないかと
ケアマネージャーさんと相談しています。

週一日でも朝から着替えて気分転換するためにデイサービスに行けば?と母に提案すると
行ってみると納得してくれた。ただ、要支援では2箇所に通えないのでとりあえず「お試し」で行ってみた。

2時間ほど一緒に体験してみると母も楽しそうに過ごしていたので安堵した。
家に帰ってきて聞くと、デイサービスに行ってもいいと答えてくれた。
こうやって、何でも前向きに考えられるのはこの後遺症では、いい方向性なのである。

あとは、介護度があがれば2箇所に通えることが出来るのですが・・・・・。

デイサービスのお試しに行った日に、私が2時間の間、ずっと母の行動を見ていて、
たまに手を差し伸べて手伝ってやったりしていたのをみて、帰り際に介護の職員さんが、
「息子さんは、本当に優しいですね」と行ったらしいです。

すると母は、「そら、私が優しい子になるように育てたんやから当たり前です」と答えたらしい。
実に母らしい答えです。

その通りです、幼い頃に幼稚園に行くのが嫌で泣いて、それでも手をつないで教室まで連れて行ってくれて
ずっと一緒にいてくれたことを私は忘れません。
中学高校の6年間一日も休まずに弁当を作ってくれたことを私は忘れません。

とにかく、この半年が勝負です。
なんとか、日付と時間くらいは分かるように手伝って行きたいと思います。
by eos1d3 | 2016-03-12 19:17 | 徒然に | Comments(0)
今年は・・・
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今年は念頭からあまり良くない事ばかりが続きさすがに少々滅入っていますが、
その一番の良くない事は母の病気のことです。

1月2日が誕生日の母は、元旦に家族が集まってお正月と一緒にお祝いした。
そのときは何もなくいつもと変わらなかったけれど1月3日にもう一度家に行ったときに
タバコを持つ左手に力が入らなくてタバコが落ちるというのである。

これまでにも酒に酔ってこういうことがあったのでそのままにしておいたが、
1月5日に急に話が出来なくなり(言葉が出なくなる)救急車で病院へ。

すぐにCT、MRIを撮ると左右両方の脳の梗塞が見られて正式に脳梗塞と診断された。
しかし右脳は既に梗塞が終わっていて、これが数日前にタバコが落ちたときのものと分かった。
今回の失語症につながるのは左脳の大きな血管が元から詰まっていることによる血流の減少からの
酸素不足で、左脳全体が死に掛けていたのであった。

幸い発症してすぐだったのでカテーテルで血栓を溶かし左脳の梗塞は改善されて後遺症も出なかった。
問題は、最初の右脳の方である。校則を起こした脳はその後血をサラサラにする薬を入れたときに
出血しやすく、運悪く母も右脳も大きく出血した。

右脳の出血により左側の麻痺は全く起こらなかったが、半側空間無視や空間的な把握の欠如や
活力の減少等の高次脳機能障害が残った。

救急病院から治療を終え、回復期リハビリ病院を経てすでに退院して自宅療養中である。
体の麻痺や、言語関係の後遺症は全くありませんが、元気なときが10としたら4くらいの
理解力と判断力まで下がっています。この辺りが高次脳機能障害の怖いところで、
母は日付や時間がほとんど分からなくなってしまいました。
それと今まで好きだった編み物や小物作りも空間として把握できないのでやらなくなりました。

何より活力の低下から、好きだった植木やお花も全部枯らしてしまい見ているだけで本当に
後遺症は大きいと感じられます。

あれだけ元気で明るく賢かった母が、一夜にして脳に大きな後遺症を残してしまうなんて
信じがたきことであります。しかし、これを現実と受け止めて今後家族でリハビリしていかなければなりません。

本当に脳の疾病は怖い!!
少しでも前兆があったら、すぐに救急車を!!
by eos1d3 | 2016-03-11 19:03 | 徒然に | Comments(0)
月日が経つのは・・・
このBLOGで何度か書いているが、長女がなんとか大学に合格し今春から大学生になる。
そして長男はついに初受験に臨む中学3年に進学だ。

子供は一気に大きくはならない。
毎日毎日ご飯を食べて幼稚園や小学校に行き、本当に少しずつ少しずつ成長していく。

私は写真が好きで初めてデジタルカメラを購入したのは2000年ごろだったと記憶している。
同時にフィルムでも撮っていたが、初期のデジカメの写真も保存している。

この写真は、娘に初めて弟が出来て、ようやく首が座って一緒に遊んでいるところである。

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息子が6ヶ月で、娘が4歳のときの写真。
14年前に新居に引っ越してきた今の家で撮った写真です。

娘に何かポーズをとれ!というとおどけてこんなポーズを!
もちろん息子はまだ何も分からないので座っているだけだった。


さて、4歳差の姉弟ですが、勉強嫌いの息子も目標の高校に行くために受験勉強を
しなければなりません。そう、勉強は嫌いでも目標だけは高いのです。

そして選んだ塾はついこの間まで姉が通っていた塾だった。

勉強が嫌いで嫌いで、実際に勉強するとストレスで蕁麻疹まで出る息子が、
渾身の力を込めてようやく重い腰を上げたのは、やっぱりお姉ちゃんの温もりが残っている塾だったと言う訳だ。

やっぱり、姉弟はいつまでたっても男女の差はあっても同じ親から生まれてきた絆があると思った。
一人っ子の私には、ちょっと羨ましい姉と弟の深い絆だと感じる。
by eos1d3 | 2016-03-10 20:38 | 徒然に | Comments(0)
卒業式
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娘が3年間通った高校を卒業しました。

校長先生の式辞として、
アメリカの研究では今の子供たちが40年後に働く業種は今はまだないものであり、
それらの業種に就くのが61%いると発表されたという。

よくよく考えたら確かに私たちが子供の頃にはコンピューター、インターネット、携帯電話
iPhone、これらに関係する仕事はまだなかった。

いろいろと考え続ける力と、工夫しそれを現実のものにする力を持って今はない新しい
世界を作っていって欲しいと卒業生たちに言葉を贈っていました。

卒業式が終わり、みなが教室に戻り卒業証書を先生からもらう。
彼らを育てた、思いで多い学び舎も今日でお別れです。

先生、仲間たち、そして校舎の全てにありがとうございました。
by eos1d3 | 2016-03-02 18:44 | 徒然に | Comments(0)
サクラサク
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娘の受験の一番最後に受けた大学の合格発表があり最後の最後に受けた
学部が2つも合格しておりました。

娘は高校3年生の5月までクラブ活動をしほぼ6月から受験勉強に取り組みました。
その時点で、希望の大学も学部もありませんでしたがようやく何となく関西大学に行きたいと
言い出しました。それからはそこを第一希望にがんばってきましたが、模試の結果もなかなか
A判定B判定が出ずに本人的にも「ちょっと届かないかな?」という感じでありました。

彼女の中で関関同立の次のランクである産近甲龍が現実の目指すところになりつつあり
その下の滑り止めとして、摂神追桃を受験することを決意したのでした。


関関同立は何回受けても難しい、産近甲龍は半分は受かり、摂神追桃は全部受かると
塾の見立てでした。

結果的に、摂神追桃は先に特待生で合格していましたが、関西大学はやはりダメで
本日、産近甲龍の合格が決まったということになりました。


半年以上結構懸命に勉強していたので希望のところに行って欲しかったけど、
実質的な希望大学に合格できて、それも最後の最後に決めて本人も安堵の表情でした。


大学に行けば、世間的には大人として見られます。
高校時代とは全く違う履修体系、単位制、進学制度です。
単位を足らないと簡単に留年しますし、いくら大学はパラダイスといえどもそれなりに努力は必要です。

一度もバイトさえした事がない娘なので、いろんなバイトをして社会勉強し、
社会に奉仕する心を学んで欲しいです。4年後には立派な社会人になれるように、たくさんの
いろんな価値観を持った友人を作り、討議し、また認め合い、また許し、人間的に成長してください。


パパから、合格おめでとう。
by eos1d3 | 2016-02-22 19:17 | 徒然に | Comments(6)
届かなかった
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娘の第一志望の大学の合格発表があった。
結果は6学部受けましたが、全滅でした。
今までの過去問題を解いても、合格点に届いたことがなかったそうですが、
やはり下手な鉄砲数打ちゃ当たるというのは、弾が的まで届いているのが
最低条件だったようです。


これで、第2志望の発表の残すのみとなりました。
第2志望、何とか合格できますように!!
by eos1d3 | 2016-02-17 19:24 | 徒然に | Comments(0)
家族で買い物
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昨日は娘の大学入試の発表があり、まずなんとか合格の封書が届いて安堵しました。
そして、昼からは本当に久々に家族4人で梅田まで行って買い物をしました。

一つ受かったことで浪人はなくなりましたが本命の発表はまだまだ続きます。
第一志望は難しかったと言っていたので無理かもしれませんが、第二希望は、
きっと大丈夫と言っていたので、そちらの方の発表も楽しみです。


子供たちが小学生までは、親の支配化にあり(精神的にも肉体的にも)、
親の考えで、どこにでも着いてきたのですが、中学生になり高校生になると、
活動範囲が一気に広がり、また友人もたくさん出来て、親の支配下から飛び出していきます。
うれしくもあり、楽でもあり、頼もしくもありますが、寂しくもあります。

これで今年の4月から、息子は中学3年生、娘は大学1年生と結構大きな差になります。
大学生は自由な分、責任が付いて回ります。
将来の仕事のことも考えて、自ら責任をもっていろいろ楽しんでもらいたいです!
by eos1d3 | 2016-02-15 19:00 | 徒然に | Comments(0)
受験 終盤へ
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1月中盤のセンター試験から始まった娘の大学受験が終盤を迎えている。
特に先週の月曜日からは第一志望でありながら望み薄といわれてきた大学の受験が
6日間におよびあり、残すところあと1日となった。

家に帰ってくるなり、「今日もあかんかった」と冴えない表情でやはり第一志望は厳しいようだ。

こうなったら、なんとかどこか1つでも受かって欲しいものである。

来週からは、それぞれの合格発表がありサクラがサクのかチルのかが、
WEBであったり郵送であったり判明する予定だ。

我々の時代から郵送は、合格すると1cm以上ある封筒できて、
不合格だと、ペラッペラの銀行の通知みたいなので来るから見た瞬間に分かる。

郵便受けを見るのがやや怖い気もするが、娘にとって長い一日になるだろう。
by eos1d3 | 2016-02-07 17:44 | 徒然に | Comments(0)