無題
eos1d3.exblog.jp

時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
最新のコメント
pakkunさん、そうだ..
by ゼク at 11:52
何かの縁ですね。。。 ..
by pakkun-house at 20:17
Because here..
by Smithd214 at 04:16
wataru-wataさ..
by ゼク at 18:55
ゼクさん、おはようござい..
by wataru-wata at 07:32
カギコメさんコメントあり..
by ゼク(管理人) at 18:54
機材紹介


このBLOGは
sRGB環境
ガンマ2.2
色温度6000K
輝度80
で作成しております!





基本的にリンクフリーです。
相互リンクご希望の方は
下記よりメールで連絡を
下さい。



このBLOGはKONDO Racingを
応援しています






c0145198_230687.jpg
公社 日本写真協会会員


c0145198_22594281.jpg

一社 日本写真著作権協会会員
HJPI321100004227
お気に入りブログ
外部リンク
タグ
以前の記事
検索
アクセスランキング
IEのCSS
記事ランキング
ブログジャンル
タグ:旧い建物 ( 82 ) タグの人気記事
軍事工場跡
昨日に続きその2です。

次に行ったのが延原倉庫です

現在は倉庫業として大阪市内に何箇所かありますが、戦前は避雷機器等を作る製作所だったそうです。
軍事色が強まってきた昭和17年に石炭を液化して石油を作る機械を作ってたそうです。
そこななんと奥行き280mの長い工場。
正面のシャッターが開いて中が見えたときの驚きは表現できません。

c0145198_16242057.jpg
c0145198_16244375.jpg



正直言ってこんな凄いのが家から直ぐ近くにあるとは思ってもいなかったです。
直線で280mといったら凄い距離です。そんな長くさらに両横の規則正しいRCの柱な整列を
見ていたらこれまでにない感動が襲ってきました。
日本の表情の無い無骨なコンクリートの柱の並びがギリシャの神殿のように見えました。

今は壁のところがブロックですが軍事工場のときはガラスだったそうです。

外に出ると、柱のところにはバットレスがありました。
結構なモーメントがかかったのでしょう。絶対に潰してはならない重要な工場だったんでしょうね。
c0145198_16295111.jpg



そして圧巻なのはその直ぐ横には対称となる木造の工場もありました。
c0145198_16311613.jpg
c0145198_16312484.jpg
c0145198_16315552.jpg
c0145198_1632040.jpg
c0145198_1632669.jpg



中にある鋼製のクレーンもリベット接合の当時物でしょうか?
両方の工場が今では倉庫として現役で使われていることが素晴らしいです。

こう言った、戦前の重要な建物の多くが民間企業の所有物になっています。
近年になって老朽化や相続、営利の問題で維持できなくなり次々と壊されています。
やはり、全部とはいえませんが大事なものは税金をつかってでも補助していかなければ
ならないと考えます。我々日本人がどういった道を通って繁栄し今の豊かな国になったのか
それらの建築物はそのまさに生き証人です。

今まさに、心斎橋の大丸が今月いっぱいでその建築物を無いものにしようとしています。
ヴォーリーズ設計の欠け替えのない大阪の財産がまた一つ無くなろうとしています。
私たちは、それをただ残念に思いながら見送るだけしか出来ません。
しかし、真実は一つ。
なくなったものはもう二度と元には戻りません。
建物はもちろん、それを作った当時の人々の心意気まで失っては絶対にいけないとそう思います。
by eos1d3 | 2015-12-13 16:41 | 徒然に | Comments(0)
高射砲台
ずっとずっと前に高射砲台の記事を書いたことがある

太平戦争中に作られてこの上からB29を打ち落とそうと考えていたらしい。
詳しくはここに載っています。


なかなか見つからなかったのは、完全に残っている一基は鉄筋工場として今も使われているからであった。
近くまで行ってもなかなか見つからないと思います。
残りの一基は既に立退きが終わり解体を待つだけになっている。

c0145198_19543463.jpg


元々壁があったそうですが壊したそうです。
その部分から鉄筋が見えておりますが、当時は丸鋼(リブが付いていない鉄筋)だったので
雰囲気はあります。
c0145198_1956446.jpg
c0145198_19565524.jpg

c0145198_19581830.jpg



この周辺は戦時中は畑の真ん中だったようだ。
今このあたりは阪急電車の高架化の工事が行われており目まぐるしく変わっている。
c0145198_19594328.jpg


しかし、家から少ししか離れていないこんなところにも戦争の遺跡があるなんて不思議な気持ちだ。
RCの耐久性からしてももうそんなにもたない気がする。それもまた良いのかもしれない。
by eos1d3 | 2015-12-12 20:02 | 徒然に | Comments(0)
御堂筋イルミ
c0145198_18502831.jpg
c0145198_18505954.jpg



最近はイルミネーションが流行している。
これは10数年前に始まった神戸のルミナリエの影響も大きいと思う。

4年ほど前に中之島の中央公会堂で3Dマッピング、当時はまだあまりやってなくて
御堂筋のイルミと一緒に見に行った。

しかし今年は予算の関係で開催が微妙だというのだ。
当初は寄付金が潤沢であったが徐々にすり潰して行き、どうやって予算を取ってくるかが
開催への道になるという。

私もこの年に見に行ってからは行っていない。
こういうのは5年に一回くらい見るからいいのかもしれない。
毎年では、マンネリ化、さらにLEDイルミが日常に溢れている今、
お客を呼ぶには大きな目玉になるとは思えない。
by eos1d3 | 2015-10-22 19:02 | 徒然に | Comments(0)
大仙陵古墳に行った
以前この古墳の事を書きましたが、大阪人でありながら今の今まで行った事が無かったのでありました。

しかし、今日は近くにある大泉公園で息子のソフトボールの練習があると言うので
送り迎えの間に初めて行ってみた。

それにしても大きい。円墳の方から近付くと道路が途中で途切れて行けない。
一度、大きな道に出て正面から行きなおすとすんなりと入れた。


私は古い建物が好きなのでもちろん古墳も大好きである。
ずっと前に橿原の神武天皇陵に行ったときも感動した事を覚えている。


c0145198_22135293.jpg



以前のBLOGにあるように太古の昔、この辺りは野原が広がっていたのだろう。
古墳が多く存在するのもきっとそう言う理由であろう。

ずっと北側には上町台地が岬のように尖がって存在し、東側には河内湖が広がっていたであろう。
そんな1500年前に、多くの我々のご先祖様が一生懸命作ったことが感動的である。


正面から、すぐの所に鳥居のようなものがあり、その向こうは堀があって御馴染みの鍵型の
後円墳が広がっているが、ここからは決して見えない。

しかし、ここに立ったときに只ならぬ何かを感じることが出来よう。
1500年前から、全く変わる事無く、この場所に威風堂々とただただ鎮座しているこの天皇陵。
日本が、一度なりとも他国に奪われたことが無いことを如実に証明している。

日本が日本である限り、日本中の天皇陵は守られるであろう。
そうやって、また次の1500年も続いて欲しい!
by eos1d3 | 2015-07-12 22:22 | 徒然に | Comments(0)
法隆寺
昨日は文化の日と言う事で、世界遺産でしかも世界最古の木造建築物群である
法隆寺の西院伽藍と100円札で有名な東院伽藍の夢殿をじっくりと見て来た。

恥ずかしながら建築学科の出身ながら法隆寺に行った事がありませんでした!
家から近畿道―西名阪―を使ってわずか45分で着くのに油断しておりました。
まさか法隆寺があんなに素晴らしかったなんて!

そら世界遺産になるわ!!1993年に世界遺産になっているがその時私は大学3年でした。
そんな話題も知らなかったなんて恥ずかしい!!
カメラも持っていったけど法隆寺は五重塔があるだけと思っていたので24-70mm1本しか
持っていかなかった・・・。実際は国宝の数々があり16-35mmは必至で出来れば8-15mmが
必要なほどの迫力であった。

奈良の歴史は古く600年代の話になるので1400年ほど前の古い話になる。
鎌倉が1200年、室町が1350年、江戸が1600年だからいかに奈良時代(飛鳥時代)が古いか分かる。

そんななか、史記で実際に600年ごろからこのあたりに寺院があった事が分かっているが、
それにしても、回廊から金堂、五重塔と伽藍配置がはっきり残っていることが凄い。

こりゃ遠方から旅行してでも来る意味があると思った!

c0145198_1914418.jpg
c0145198_1913133.jpg
c0145198_192224.jpg

c0145198_1915593.jpg
c0145198_1922144.jpg
c0145198_1921414.jpg
c0145198_192423.jpg
c0145198_1923560.jpg
c0145198_193121.jpg




年を取れば取るほどに死に近づくわけで、仏さんにも近付く。
大事な人を亡くしてこそようやく、こう言った仏教のルーツのようなものが身に染みてくる。
我々日本人がどうやって生きてきたか、まさにその証しとなる文化財は自分が日本人である事を
しっかりと思い出させてくれる。飛鳥時代の国宝の仏さんを見るとみなさん自然に手を合わせる。
1400年も前からそうやって、ずっと今までしっかりと伝わっていることが何よりの国の宝だと思った。
by eos1d3 | 2014-11-04 19:06 | 徒然に | Comments(0)
平等院鳳凰堂
宇治に行ったのは平等院に行くためでした。
実は平等院は妻がまだ妻になる前のピチピチのギャルの短大生のときに行ったきりである。
・・・と言う事は23年ぶりということに!あまりに近すぎて今までいけなかった!!



c0145198_18165452.jpg
c0145198_18164919.jpg



平等院は知っての通り日本国の国宝で先ほど2年間の改修工事を終えて朱に染まった
威風堂々とした姿をお披露目したばかりである!!
私の行った時はボロボロな感じだったが、キレイになっていてよかった!!

c0145198_18221265.jpg



10円玉の表面に描かれている平等院はとても有名である。
現在の建物は1053年に建てられたから1000年近くもずっとここに建っている。
でも、その屋根の上に鎮座する鳳凰はレプリカで本物のほうは鳳翔館と言う同一敷地内の
博物館に収められています。もちろん2体とも国宝で同時期(1053年前後)の作品と言う事です。
1000年も前にあんな制度の高いものが作られていたなんて驚きでした!!

c0145198_1829183.jpg


c0145198_18295197.jpg
c0145198_18303249.jpg
c0145198_18304948.jpg


たくさんの修学旅行生が園内を訪れておりました。
我々大阪人は、京都や奈良と言う歴史的な古都に近いためにそのあり難さが分からず
結局、歴史に触れる機会を失いがちです。
逆に東北や九州の人が古都を訪れるときは真剣に時間を使っているように思います。

秋の夕暮れは早く、じっくり見ていると日がすぐに傾いてきます。
c0145198_18335936.jpg



こう言った、文化財をより多く後世に残して行くことは非常に有意義なことと思います。
その為には歴史をもっと学ばなくてはいけません。
学校で学ぶのではなく、自ら進んで勉強すればその意味が分かるように思います。
by eos1d3 | 2014-10-27 18:36 | 徒然に | Comments(0)
宇治へ
日曜日の午前、子供達もクラブ活動で出かけたと言う事で、
洗車をしてどこかから夫婦でどこかへ行こうと言う事になった。

それなら近いのにほとんど行った事がない宇治方面に行こう!!
そうだ!そうだ!宇治だ!!

日頃はほとんど使わない第二京阪を使うと、家から40分で宇治西につきました!


c0145198_20133624.jpg



宇治はお茶が有名です!!
抹茶パフェや抹茶ソフトクリーム、抹茶カレーライスとなんでもお茶にかかっている。
私は実は抹茶が苦手で、せっかく蕎麦を食べたいと思ったけど、茶そばしかなく諦めました。
どうも猫舌なので、熱いお茶を飲む習慣がなく、真冬でも冷たい麦茶を飲んでいます。

それでも、たくさんのお茶屋さんがあり、非常に多くの人で賑わっておりました。

写真の中村銘茶本店も明治中期の建築で、中に入るとその頃のままの状態で改築し
カフェとお茶売り場になっている。古い建築が好きなので非常に良かったです。
by eos1d3 | 2014-10-26 20:17 | 徒然に | Comments(0)
琵琶湖 白鬚神社
c0145198_18352164.jpg
c0145198_18354236.jpg
c0145198_1835589.jpg




大阪から名神高速に乗り、京都東で降りる。
そして湖西道路をずっと走ると山の中から琵琶湖の湖岸に出てくる。
そしてしばらく走ると湖の中に鳥居が見えてくる。

あの有名な広島の厳島神社のような壮大感はないが、やはり神秘的な何かを感じる。

c0145198_1840959.jpg



神社の境内から湖西道路を渡ると階段があり湖面に降りれる。
琵琶湖の水も私が子供の頃の頃には随分と濁っていたが、今はこの通りキレイだ。


神社の本殿は1600年頃の建造で重要文化財である。
c0145198_1842189.jpg


神社はすぐに山に繋がり階段を上がると琵琶湖が一望である。
秋空の元、たくさんの参拝者が訪れる。
c0145198_18435158.jpg
c0145198_18441423.jpg


このあたりは時間が止まったかのような静寂さに包まれている。
常々都会の喧騒の中に晒されていると、日本の原風景に触れることの喜びは大きい。
我々日本人はずっとこのような中で生きてきたのである。

日本人に脈々と繋がる、こういった気持ちを永遠に大事にしなければならない。
そして、私たちの子供達に、そして子供からその子供に受け渡して行くのだ。

c0145198_18495450.jpg
c0145198_1849875.jpg

by eos1d3 | 2014-09-29 18:52 | 徒然に | Comments(0)
今昔マップ on the web
時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」は
埼玉大学教育学部 谷 謙二(人文地理学研究室)先生が作成された実に素晴らしい
名前の通りの時系列で見れる地図でございます。

私の最高の喜びは、古い地図を今の実際の景色と重ね合わせ、今は無き嘗て存在していた
情景を思い浮かべてはノスタルジーに耽ることであるために、元々、先生の作られた
「今昔マップ2」というものは私の日々の必需品であったのであります。

しかし、先生は最近になって更にパワーアップした上記サイトを開発され、私に夢と希望を与えて
下さりました。プロフィールからみると谷先生は私と同い年かと思われます。
私のような凡人ではなく、このような有意義なサイトを作成できる素晴らしい研究者であると感服しております。

c0145198_18373959.jpg



さて、このサイト使い方は実に簡単ですぐに分かると思います。
左側の年代にチェックを入れるとデーターさえあればその時代の地図が映し出されます。
2画面を選ぶと、左が古い地図で右が現在のグーグルマップであす。
カーソルを重ねれば、その場所の古い時代の地図が同じ場所にカーソルされます。

年代を追うごとにどのようにわが町は発展してきたかが分かります。
そう言う意味でこの地図は「時系列表示」されて画期的なのだと思います。

私は、大阪図書館にて実際の明治初期時代の地図を観覧・複製し、さらには国土地理院いて
まさに時系列に明治後期、大正、昭和と地図を購入したほどの時系列地図愛好家でございます。

その地図を片手に街を歩けば、今はもうなくなった旧きよき時代の日本が見えてくるかもしれません。

ご興味がある方は、一度このサイトを観覧されてみてください!!
by eos1d3 | 2014-06-03 18:44 | 徒然に | Comments(2)
阪堺電気軌道161形電車
日曜日に行った住吉大社で生まれて初めて間近でチンチン電車を見た。
もちろん車に乗りながら見ることはあったし、天王寺予備校に通っていた25年ほど前には
確かチンチン電車が走っていたと記憶している。
それにしても道路の真ん中を電車が走るのを見るのは不思議だし、実際に家から高速で
30分とかからないところでまだ現役で走っていると知って非常に驚いた!


さて、住吉さんの鳥居の前を歩いていると新しいのやら古いのやらチンチン電車が忙しそうに走る。
私はチンチン電車に決して詳しくはないが、どうみてもプリウォーではなかと思う車両が横切り
シャッターを押さずにはいられなかった。
そうです、私は古いものが大好きなのです!特に戦前のものは建築でも何でも大好きなんですよ!

c0145198_19152865.jpg



妻と歩いていて、「これは絶対に戦前やでぇ~~」と言うと
「そりゃ古いなぁ~」と返事があった。

家に帰って調べてみると、昭和6年製造でまだ現役らしい。
80年以上も同じ場所は繰り返し繰り返し走り大阪の変貌を見て来た車両と思うと涙が溢れそうになる。

こう言った古いものをずっと大事にしたいと思うし、これからも頑張って現役を続けて欲しいと願った!
by eos1d3 | 2014-03-12 19:18 | EOS5DMarkII | Comments(0)