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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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私の大好きな一文に、

「我想:希望是本無所謂有,無所謂無的。
 這正如地上的路;其実地上本没有路,走的人多了,也便成了路。」 と言うものがある。


これは魯迅の「故郷」の一文で、中学の教科書に載っていたので知っている人は多いと思いますが、
日本語に訳すと、
 
「思うに、希望とは本来「ある」ものとも言えなければ、「ない」とも言えないものだ。それは、地上の道のよう
なものなのだ、見よ、地上にはもともと道などなかった、そこを行く者が多ければ、それがやがて道になるだ
けではないのか。」

と、こうなるのですが、我々の普段普通に通っている道も元々あったものではない。
もちろん、人が通るために計画して作るのですが、もっと遡れば道は計画して作ったものではない!
と言う事が分かるのであります。

この地図は私達が普段見慣れているグーグルの最新地図と明治18年に新政府が最新技術を駆使して
作成した始めての地図である。まだ、江戸時代の面影が残る本当に貴重な地図であります。

c0145198_19551334.jpg


元々、農耕民族だった我々の先祖は川の近くの平坦な場所に自然に集まってきてやがて集落を作った。
そのたくさん出来た集落を結ぶものが「道」であり、出来るだけ安全にいけるようにたくさんの人が歩いた
跡が道になったはずである。だから江戸時代の道は決して真っ直ぐでない。曲がりくねっている。
それはいろんな障害物を避けながら、人がそこを歩いたからに違いないと思う。

この上下の地図を見比べると、赤い線で描いたのが120年前(ようするに江戸時代から)からずっと
人が通っている「道」であります。村は川の近くの水を引きやすいところに出来ています。

淀川は明治33年からの大改修で大きく姿を変えて多くの村が川の底に沈みましたが、それでも、
大阪・天神橋6丁目付近でものどかな農村地帯だったことが分かります。



この赤の線で書いた、古道には古い道しるべがあったりお地蔵さんがあったりします。
ようするに地図の中に埋もれた「本物の道」であります。人が歩くために作った道ではなく、歩いたから
そこが道になったのであります。そんな意味がある古い道を歩いてみると、本当に楽しく心が落ち着く。

こういった古地図を見ながら、江戸時代からある本物の道を探し出して歩いてみてはいかがでしょうか?
きっと、「何か」が見つかると思いますよ~~。
by eos1d3 | 2011-07-01 20:08 | 徒然に | Comments(0)
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