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第4師団司令部庁舎
実は現行大阪城には兄弟がいる。
大阪城は大阪市民の募金・寄付によって建てられた市民の城であるが、
実はそのとき集まった150万円の全てを使ったわけではない。

天守閣には約50万円で実はそれより多い80万円が第4師団司令部庁舎に使われたのである。
大阪城は徳川天守閣でさえも、かなり昔に消滅しており、その後は天守閣無しであった。
明治になって、この地には軍部の施設のたくさんあったが、それを一箇所に集めて他を
天守閣の完成と共に市民に開放しようと第4師団司令部庁舎が建てられたようである。

かくして1931年に天守閣と帝国陸軍の第4師団司令部庁舎は同時に竣工した。

戦争が終わり、第4師団司令部庁舎も警察関係の施設、その後博物館として使われていたが
そう長くその役目を終え、今は廃墟のごとく天守閣の横で眠っているように見える。

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第4師団司令部庁舎の設計は第4師団経理部によるもので、欧州の古城を模した重厚な
ロマネスク様式であり十分見るべき価値は多い。

先日の大阪城散策でも同じ天守閣広場にある大阪城の方は入場者も多く、煌びやかでまさに主役である。
それに引き換え第4師団司令部庁舎は、まるで建っているのが見えないのか見向きもされない。
大阪城は大林組、第4師団司令部庁舎は清水組を当時の関西と関東の有力ゼネコンの施工であることも
面白い。

さて、戦争時代は多くの軍人が行き来した建物であっただろう。
今見ても威厳に満ちていると思う。役目を終えたこの窓でさえも中から今すぐにでも将校が見えそうである。
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正面から見る立面も実に堂々としている。
さすがに傷みは否めないが、丸く時計の後の様に見えるところには、まさに菊の御紋が驕られていた。
この重厚な建物が陛下のものだったことをあらわしていたのである。
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同じ時代に同じ大阪市民の寄付によって建てられたこの2つの建物。
お城は武家時代の権力の象徴、第4師団司令部庁舎は倒幕・新政府時代の軍国主義時代の権力の象徴。

同じような、意味を持つ両者であるが、実に光と影の余生である。
私としては、両者が同じように重要文化財に指定されて後世に永劫に残されることを期待したい。
by eos1d3 | 2013-03-09 19:48 | EOS5DMarkII | Comments(0)
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