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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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大仙陵古墳
大仙陵古墳・・・・・・我々のころは仁徳天皇陵と習ったはず。
しかし息子に聞くと仁徳天皇陵とは習っていない。

結局、ここが仁徳天皇の御陵かどうか決定的に確定することは難しいからだそうだ。

c0145198_18491575.jpg



しかし、こんな都会にあんな大きなお墓をどうやって作ったんだろう?と思うかもしれない。

上の航空写真は現在の大仙陵古墳で下の地図は明治18年の陸軍作成の日本極初期の正確な地図。
明治のこの時代でも一番近い赤畑村にさえ南南西にかなりの距離がある。

この御陵が作られたのは5世紀である。
きっと周りには雄大な高原が広がっていたに違いない。

今は住宅地に囲まれているが、結局1500年経った平成の世でも御陵は一切破壊されることなく
我々の眼の前に悠々と有る。日本が日本である限り、間違いなく未来永劫に残されるだろう。
天皇陵は日本の平和の象徴である。天皇陵の前に立ったとき、我々日本人は神々しい空気の中に
太古から永遠と続く日本国の深い歴史を感じるのである。
by eos1d3 | 2013-06-04 19:03 | 徒然に | Comments(2)
Commented by ken at 2013-06-04 21:06 x
こんばんは。
えー!知りませんでした。今は大仙陵古墳って言うんですか・・・

実はこの近辺、私の地元なんですよ(笑) 今、息子に聞くと
仁徳天皇陵で習ってるみたいですが。

やはり、ぱっと思いつくのは仁徳天皇陵ですよね。
しかしゼクさんのブログ、時には勉強になります。
Commented by ゼク at 2013-06-04 22:28 x
kenさん、うちの校区ではやはり仁徳天皇陵とは習っていないようです。
息子にこれは仁徳天皇のお墓と言うと、初めて聞いたと言っています。
結局、江戸時代に仁徳天皇のお墓ではないかと言う事で今でもそうなっているようです。
何しろ1500年も前の話で、決定的な証拠などこれから先にもなかなか
見つからないでしょうね!
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