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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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大理石の階段
プリウォーの建築、とりわけ1925~1935年くらいまでの建築物の階段には
大理石がよく使われている。
この旧第四師団司令部庁舎も見ての通り大理石が使われた手すりである。

この頃の大阪は大大阪と呼ばれ東洋のマンチェスタと呼ばれるほどの輝きを放っていた。
しかも当時最高の建築家にこれまた当時最高の技術であった鉄骨鉄筋コンクリート工法で
洋風建築を造ることは権力を示すには十分すぎたのであろう。

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既になくなってしまった旧ダイビルの階段にも大理石が使われている。
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もちろん、大阪府庁庁舎も1926年竣工で階段周りは大理石である。

私が、1999年に仕事で行った旧大阪市交通局(旧大阪市電気局庁舎)の素晴らしさにはため息が出た。
階段周りやEV付近も全部大理石で、私は仕事そっちのけでその芸術作品に見入ってしまった。
惜しくも2004年に取り壊されましたが、あれは残っていれば完全に重要文化財になっていたと思う。


石なのにこの頃の建築には、職人の魂と温かさが染み入っているように思う。
私はいつも、手で触れてその温かさに当時の建築屋の情熱を感じるのである。
by eos1d3 | 2013-11-05 19:02 | 徒然に | Comments(0)
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