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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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夕焼け小焼け
『赤とんぼ』
夕焼小焼の 赤とんぼ
負われて見たのは いつの日か

山の畑の 桑の実を
小籠(こかご)に摘んだは まぼろしか

十五で姐や(ねえや)は 嫁に行き
お里のたよりも 絶えはてた

夕焼小焼の 赤とんぼ
とまっているよ 竿の先

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夕焼けを見て思い出すのは、童謡の「夕焼け小焼け」ではなく「赤とんぼ」のほうである。
春が近づき陽が長くなってちょうど会社から帰宅する時に夕焼けを見ることが出来る。

童謡「赤とんぼ」は作詞家である三木露風の故郷である兵庫県揖保郡龍野町(現:たつの市)
で過ごした幼少期の情景に基づいている。1921年の事だから大正の終わりの頃の唄だ。

晩年、庭先かどこかで竿の先に止まっている赤とんぼを見つけ、遥か昔に故郷で見た
夕焼けを思い出して書いた詩と言われている。

写真は8年ほど前に近くの堤防でまだ小学4年生であった息子が母親とキャッチボールを
している写真であります。幼稚園の時にはまだ弱かった腕力もこの頃には強くなり、
妻が「もう、受けるのが怖い」と言っていたのを思い出す。
時は流れ、そんな息子も4月には高校2年生になりソフトボール部の主将になると言う。
もうすでに、母親の身長も体重も大きく上回り、キャッチボールはとても出来ない。

僅か8年でこれほど時間が流れるのであるから、それぞれの人が夕焼けに思う、甘く
暖かい懐かしい記憶は千差万別であって然りだ。

だからこそ、何年たってもこの美しい「赤とんぼ」の歌詞は日本人に受け継がれていくのだろう。
旧い日本の唄の中には、美しい日本の原風景が描かれており、それが今も変わらずに美しいと
感じることが出来るのは、現代の私たちの血に脈々と受け継がれているご先祖からの思いがあるから
ではないだろうか。
by eos1d3 | 2018-03-06 18:35 | 徒然に | Comments(0)
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