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時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
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災害と地球の活動
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先週西日本を中心に降り続きた大雨で河川の氾濫や山の土砂崩れで今も多くの方々が
行方不明になり、捜索活動が続けられている。
この災害で亡くなった多くの方々へあらためて哀悼の意を表したいと思います。

私の住む大阪でもあの日は大雨が降り続き50年近く住んで初めて河川の氾濫の危険があると
メールやTVやツイッターで警告があった。
しかも、その数週間前には大きな地震もあり、ショックが大きいところであります。

さて、表題ですが災害と地球の活動とは切っても切れない関係にあります。
地球誕生から45憶年と言われていますが、その間に大きく地形が変わっていることは地球が活動している
ことだと当然のように学校で習ってきました。

地球の真ん中ではマントルという超高温のマグマが今なお燃え続けておりグルグルと回っています。
それに伴い、その上に乗っかっている近くも一緒に動きます。それがズレて地震が起こります。
また、太陽に熱せられて蒸発した地球の7割を占める海の水が雲になり、大地に降り注ぎます。
こうやって、45憶年経って今の地形になった。
我々人類がそこに根付いて住みだしたのは45億年のうちの数千年という一瞬の出来事である。
地球の今も生きていて地殻変動を繰り返している。我々は地球の活動にはどんなに英知を振り絞っても
勝つことは出来ない。ただただ成す術も無くその活動の一部になるしか出来ないのである。

決して自然を侮ることなかれ。
決して地球を侮ることなかれ。




# by eos1d3 | 2018-07-12 18:03 | 徒然に | Comments(0)
バッテリー 充電
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夏になって電装品をたくさん積んでいる現代車はバッテリーが悲鳴を上げる。
家にある3台の車のバッテリーをチェックすると2台が「要充電」となり、
約1日で2台とも充電し終えた。
一方MINIの方は電装品が全くついておらず、唯一時計だけが常時電源で動いている。
チェックしてみると90のバッテリーを付けているので余裕なのか満充電状態だった。
しかし、とりあえず充電完了までやってみる。

MINIのオルタネーターは性能が悪いために電動ファンを付けると途端に電圧が下がる。
もちろんクーラーはないのでほとんどバッテリーは食わないが、それでも気を付けることはいいことと思う。




# by eos1d3 | 2018-07-11 19:31 | 徒然に | Comments(0)
長渕LIVE
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(長渕剛公式LINEより)

先週の4日、大阪城ホールで公演のあった「長渕剛LIVE2018」に行ってきた。
昨年の同ホールで開催されたバースディーLIVEに続いて約10か月ぶりのLIVEだった。

私は中学生の時からのファンで初めて彼のLIVEに行ったのは1986年11月のSTAY DREAMツアー。
高校1年だった私は友人と2人で行ったのだった。
それから黄金期と呼ばれる1994年位までは全ての大阪公演に行った。

その後、大学を卒業して友人と離れ離れになったのと、結婚・就職を機に私にとって音楽との
隔離された時期を過ごすことになる。その後、彼のLIVEに行くのは2004年のオールナイト桜島LIVE
まで10年もの時を待たねばならなかった。

その後も、復帰したわけではなく、CDも特に聞くわけでなく、私の中での長渕剛は1994年で
完結しているのは一向に変わらない。がしかし、子育てにも落ち着いた妻と再び彼のLIVEに
行きだしたのは2014年位からである。

何しろ、彼のデビュー1980年頃~1994年までの14年間の唄は全て知っているけれども、
1995年から2018年までの23年間はほぼ何も知らない。
よくよく考えたら、知らない時期の方が長いではないか!!!

今回の2018LIVEも、比較的新しい曲の選択だったので実に7割は知らない曲だった。
しかも、知っている1994年までの曲も彼なりのアレンジで私にとっては台無しにしてしまっているで
今後は少し距離を置こうとも考えている。

シンガーとしてアーティストとして、昔のままのスタンスで歌うタイプと、大きくアレンジしていく
タイプがいるとしたら、長渕は圧倒的に後者の方である。
酷い場合、原曲が何であるのか注意深く聞かないとわからないものなで存在する。

1990年代初頭、TVドラマ等で人気を得、CD売り上げも大きいなか彼は違う方向に進んだ。
目指すものが、インド仏教やそういった宗教的なところに癒しを求めるようになったのだ。
石ころにも魂が宿るとか、そういった事を言い出した時に私は付いてゆけなくなった。
そして、その頃より過去の自分の作品を大きくアレンジして、悪く言えば捻じ曲げて
表現せざるを得なくなったのだった。

その呪縛から一向に解き放たれることなく、20有余年を過ごし今でも五里霧中を
彷徨っているように思う。「夢を持ち続ける事」「お金では買えないものある」と
幾ら歌って見ても、その純粋さの表現方法を歪めたものをしてしまえば、
それはもう既に元のものではない。

1980年頃、彼が作った曲は紛れもなく今の彼の記録でもある。
曲とともに成長し、何ら一向に変わらないスプリッツと表現するのであれば、
過去の作品と真摯に向かい合い、掘り起こしてゆく作業が必要ではないかと思うのでした。









# by eos1d3 | 2018-07-10 18:46 | 機材紹介 | Comments(3)
類は友を呼ぶのか?
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昨日、大阪も長く降り続いた雨が止んで湿気たミニを乾かすために50kmほど走行しました。
基本的に雨の日は乗らないのですが、なんとなく湿気てるような気がしてエンジンかけて
走るだけで充分乾燥するとどこかで読んだことがあるので、快調に走行しました。
近くにカーショップに行き買い物を終えて出てくると、となりにVWのタイプ3が止まっていました。

私はミニを止める場合、窓も開けっぱなしでエンジンキーだけを抜いてそのままでいます。
窓を閉めると、次に乗るときに暑くてもう乗ることが出来ません・・・。
となりに止めたVWも全く同じで窓を開けたままで止めていました。

そうこうするうちに、オーナーが戻ってきて私がVW何年製ですか?と聞くと1969ですと返答。
私のミニは1970年ですと言うと、クーラーないので暑いですね!とシャツにスプレーする
ミントミストスプレーを貸してくれて、これを掛けるとちょっとマシですよと教えてくれた。

僅か1分くらいのやり取りでしたが、旧車仲間の輪は意外に暖かく深いと思い知らされました。
実際、最高気温32度くらいまでなら何とか乗れます。

そもそも夏の甲子園に高校野球見に行くのに暑いからという理由で行かない人はいないでしょう?
見に行くには、暑さは当たり前で、野外スポーツだから文句を行く人もいません。
クーラーなしの旧車に乗る人も同じです。
真夏に旧車の運転するには旧車にまず乗らないと運転できません。

ただ、それだけなのです。




# by eos1d3 | 2018-07-09 18:29 | 徒然に | Comments(2)