無題
eos1d3.exblog.jp

時流に乗るな、多数派に巻き込まれたら脱皮して必ず少数派になれ      村野藤吾
最新のコメント
パイロンさん、ついに小学..
by ゼク at 18:10
念願の車を手に入れて楽し..
by パイロン at 14:20
こんばんは。二人歩記を歌..
by ひろみつ at 20:13
ひろみつさん、私もCap..
by ゼク at 22:32
ゼクさん、こんにちは。剛..
by ひろみつ at 15:36
wataru-wataさ..
by ゼク at 17:16
機材紹介


このBLOGは
sRGB環境
ガンマ2.2
色温度6000K
輝度80
で作成しております!





基本的にリンクフリーです。
相互リンクご希望の方は
下記よりメールで連絡を
下さい。



このBLOGはKONDO Racingを
応援しています






c0145198_230687.jpg
公社 日本写真協会会員


c0145198_22594281.jpg

一社 日本写真著作権協会会員
HJPI321100004227
お気に入りブログ
外部リンク
タグ
以前の記事
検索
記事ランキング
ブログジャンル
タグ:旧い建物 ( 84 ) タグの人気記事
大仙陵古墳
大仙陵古墳・・・・・・我々のころは仁徳天皇陵と習ったはず。
しかし息子に聞くと仁徳天皇陵とは習っていない。

結局、ここが仁徳天皇の御陵かどうか決定的に確定することは難しいからだそうだ。

c0145198_18491575.jpg



しかし、こんな都会にあんな大きなお墓をどうやって作ったんだろう?と思うかもしれない。

上の航空写真は現在の大仙陵古墳で下の地図は明治18年の陸軍作成の日本極初期の正確な地図。
明治のこの時代でも一番近い赤畑村にさえ南南西にかなりの距離がある。

この御陵が作られたのは5世紀である。
きっと周りには雄大な高原が広がっていたに違いない。

今は住宅地に囲まれているが、結局1500年経った平成の世でも御陵は一切破壊されることなく
我々の眼の前に悠々と有る。日本が日本である限り、間違いなく未来永劫に残されるだろう。
天皇陵は日本の平和の象徴である。天皇陵の前に立ったとき、我々日本人は神々しい空気の中に
太古から永遠と続く日本国の深い歴史を感じるのである。
by eos1d3 | 2013-06-04 19:03 | 徒然に | Comments(2)
大阪府立近つ飛鳥博物館
c0145198_1901855.jpg




大阪府立近つ飛鳥博物館は、大阪府南河内郡河南町の大阪府立近つ飛鳥風土記の丘にある
人文科学系博物館であります。

私がまだ建築学科の学生だった1991年に工事開始して、1994年に竣工した。
私が大学生だった1990~1994年と完璧に被る。
当時はバブルのど真ん中で特に設計期間である1990/4~1991/11と言えば、
建築業界は沸きに沸いて、大阪府の予算も今では考えられないほど豊かであっただろう。

そういう、私は、この博物館の設計が安藤忠雄先生に決まったと、大学の先生から聞いた記憶が
あるだけで、実際に工事中も竣工してからも開館してからも実に19年間行った事がなかった。

安藤先生は日本の建築界においても超著名であることは言うまでもないが、
実は私の大学の近くに住み、昔は授業を隠れて聞いていたという噂もあったと聞いたくらいだ。

時期同じくして大阪で安藤忠雄展が開催され、私ももちろん行ったのだが、そこでこの博物館の
デッサンを見たように記憶している。先生は思いついたらレストランのペーパーナフキン等にでも
すぐに原案を書きとめる。たしか、そう言うものが飾ってあったように思う。

c0145198_19143977.jpg


RCの打ち放しだけで季節ごとの影の形や建物の向きを機密に計算し、自然との融合を
テーマーに設計されることが多く、この博物館も例外ではない。
ただ、その分、弱者にはやや厳しい設計となっているところも否めない。
この博物館の屋根部分は緩い階段状になっているが、私の母は足が悪く到底上がれそうにない。

c0145198_19175348.jpg
c0145198_19181091.jpg
c0145198_1919430.jpg
c0145198_19191139.jpg
c0145198_19192016.jpg


外壁・内壁ともコンクリートのままと言う事は、施工時は非常にデリケートである。
何しろ型枠を外せばそのまま仕上がりなので、コンパネは全部新品で、これを固定する
セパレーターや釘の位置までも計算しなければならない。
電気配管等も全て打ち込み式でコンクリートに巣が入らないように鋭くバイブレーターをいれ、
もしくは型枠を緻密に叩いて、密実なコンクリートに仕上げねばならない。

しかも安藤設計事務所と言う事で施工を受けたゼネコンは気の休まらぬ日々だったと想像する。

c0145198_192431100.jpg
c0145198_19251978.jpg


中に入りコンクリートも見ても打ち継ぎ面も分からないほどの素晴らしい施工であった。
素晴らしい設計は、それを忠実に再現できる素晴らしいゼネコン、および素晴らしい職人さん達により
達成することが出来る。設計=施工監督=職人と全てが協力してこその作品である。

c0145198_19282386.jpg
c0145198_1929058.jpg


いやぁ~、見れば見るほどいいコンクリートである。
バブルの真っ最中、この山の中でセパの位置を考えながら大男達が汗を流しながら建て込んだと思うと
このRCの壁の間を歩くことさえ感動的であり思わず頬擦りしてしまったほどである。
by eos1d3 | 2013-05-28 19:37 | EF16-35mmF2.8LⅡ | Comments(2)
住友大阪本店ビル 保存決定
c0145198_11335536.jpg




三井住友銀行は大正期に建設され、築90年近くになる大阪本店ビルを建て替えせずに
保存することを決めた。大規模な改修工事にあたって、建て替え案も浮上していたが
歴史的価値が高い建物を守るべきだと判断した。
外観はそのままに内側に耐震板を設けるなどして耐震性の向上を図る(5/25読売新聞夕刊より)

c0145198_1139045.jpg

c0145198_1275748.jpg
c0145198_128125.jpg



中之島界隈の歴史的建築物の中でも私も最も敬愛する住友ビルの保存が決まった。
大正期の大大阪のしかも住友家の威信をかけ当時の建築技術の粋を集めた本建築物は
その存在感を平成の現在においても如何なく発揮している。

中之島はダイビル、朝日新聞社社屋等、大正昭和時代の素晴らしい建築物の解体が進められている。
これら民間所有の歴史的建築物はその保存・解体の決定は基本的に所有者に委ねられている。
耐震性の問題、保存するための維持費、高層ビルに建て替えることへの貸しビルとしての利益向上やら
複雑な問題が絡んで、結局同じ敷地に超高層ビルを建てる案が実行に移されているのが現状である。

c0145198_1146389.jpg
c0145198_1147584.jpg

c0145198_11483963.jpg


このイオニア式オーダーによる柱にも気品さえ感じることが出来る。
兵庫県西部産の竜山石を粉砕してから張りつける外観は90年経った今その再現は資金面、技術面
からしても不可能に近い。大正末期の当時は何よりこの住友の本社ビルを最新の工法で
最高の作品に作り上げるという情熱と気迫があったに違いない。
現在と比べれば重機やコンクリートポンプ車等の機械をほとんど使わず人力だけでこの「巨大SRC物件」を
築造するには並々ならぬ苦労と努力があったと予想される。
今、同じものを作れと言っても、その「情熱と気迫」の維持が当時と比べて幾分困難と思えるので
この時期の建築物の再現は精神的にも不可能と私は思っている。


それにしても、中之島界隈のこの住友ビルディングと大阪図書館、中央公会堂、日本銀行は
大阪が守って行かなければならない歴史的建造物であると思う。
一般的見ればただ古びているだけの明治期、大正期のこのような建築物ではあるが、
じっくり凝視することでその中に先人の「情熱と気迫」を発見することが出来たとしたならば、
そのときこそ、それが現代人の宝物になり、また一歩前に進めるのではないかと私は考える。
by eos1d3 | 2013-05-26 12:21 | EF16-35mmF2.8LⅡ | Comments(0)
神武天皇御陵
c0145198_19222363.jpg
c0145198_19234016.jpg
c0145198_19232125.jpg





ここは神武天皇御陵、もちろん日本の初代の天皇のお墓である。
紀元前660年と言うから、2673年前??

実在したか、しなかったか難しいことは分からない。
しかし、誰一人いない御陵へ通ずる参道を歩いているとちょっと身震いした。

日本人であるかぎりはこの神聖なる雰囲気を大事にしたい。




撮影機材
EOS 5DMarkII + EF16-35mmF2.8LII
by eos1d3 | 2013-05-24 19:28 | EOS5DMarkII | Comments(0)
 一般社団法人大阪倶楽部
c0145198_19441451.jpg
c0145198_19462127.jpg
c0145198_19462858.jpg
c0145198_1947517.jpg
c0145198_194658100.jpg
c0145198_19473188.jpg




設計 安井武雄
施工 株式会社 大林組
竣工 大正13年5月
構造 鉄筋コンクリート造り(外壁 化粧煉瓦 テラコッタ)


 一般社団法人大阪倶楽部は、本格的な英国風会員制社交倶楽部として創立されました。
最初の建物は火事によりなくなり大正13年にこの場所に建てられたようです。
大正後期のRC造はかなり古い部類に入ります。
この近くにあったダイビルも先日解体されて今はもうありません。

化粧煉瓦の写真も撮りましたが、テラコッタも含め当時の職人の情熱が伝わってきます。
現在の建物は精巧に寸分変わらずに造られていますが、この情熱と言う部分ではどうでしょうか?

90年前にこのような鉄筋コンクリート造の建築物を作るにはどれほどの困難があったでしょうか。
コンクリート造と言う事は当然ながら生コンクリートを打たなければなりません。
その前に鉄筋を組み、そこに型枠で形をつくりその上からコンクリートを流し込みます。
今ならポンプ車で勝手に最上階まで生コンを吸い込み吐き出します。
この当時はきっとモッコで人力か蒸気かエンジンかで上に運んだのだと思います。

このように御堂筋近辺ではまだまだ昭和初期の大大阪(だいおおさか)を象徴させる建築物が
残っています。御堂筋は建築の宝箱です。本当にいいところです!
by eos1d3 | 2013-05-07 20:08 | 徒然に | Comments(2)
第4師団司令部庁舎
実は現行大阪城には兄弟がいる。
大阪城は大阪市民の募金・寄付によって建てられた市民の城であるが、
実はそのとき集まった150万円の全てを使ったわけではない。

天守閣には約50万円で実はそれより多い80万円が第4師団司令部庁舎に使われたのである。
大阪城は徳川天守閣でさえも、かなり昔に消滅しており、その後は天守閣無しであった。
明治になって、この地には軍部の施設のたくさんあったが、それを一箇所に集めて他を
天守閣の完成と共に市民に開放しようと第4師団司令部庁舎が建てられたようである。

かくして1931年に天守閣と帝国陸軍の第4師団司令部庁舎は同時に竣工した。

戦争が終わり、第4師団司令部庁舎も警察関係の施設、その後博物館として使われていたが
そう長くその役目を終え、今は廃墟のごとく天守閣の横で眠っているように見える。

c0145198_19334226.jpg
c0145198_19335043.jpg



第4師団司令部庁舎の設計は第4師団経理部によるもので、欧州の古城を模した重厚な
ロマネスク様式であり十分見るべき価値は多い。

先日の大阪城散策でも同じ天守閣広場にある大阪城の方は入場者も多く、煌びやかでまさに主役である。
それに引き換え第4師団司令部庁舎は、まるで建っているのが見えないのか見向きもされない。
大阪城は大林組、第4師団司令部庁舎は清水組を当時の関西と関東の有力ゼネコンの施工であることも
面白い。

さて、戦争時代は多くの軍人が行き来した建物であっただろう。
今見ても威厳に満ちていると思う。役目を終えたこの窓でさえも中から今すぐにでも将校が見えそうである。
c0145198_19393151.jpg



正面から見る立面も実に堂々としている。
さすがに傷みは否めないが、丸く時計の後の様に見えるところには、まさに菊の御紋が驕られていた。
この重厚な建物が陛下のものだったことをあらわしていたのである。
c0145198_19422228.jpg





同じ時代に同じ大阪市民の寄付によって建てられたこの2つの建物。
お城は武家時代の権力の象徴、第4師団司令部庁舎は倒幕・新政府時代の軍国主義時代の権力の象徴。

同じような、意味を持つ両者であるが、実に光と影の余生である。
私としては、両者が同じように重要文化財に指定されて後世に永劫に残されることを期待したい。
by eos1d3 | 2013-03-09 19:48 | EOS5DMarkII | Comments(0)
あの時の・・・・・
2009年2月にある旧家を撮った。
その旧家は江戸時代に建てられた由緒ある建物だった。


詳しくはリンク部分を見ていただきたいですが、先日そこのご主人にお会いして、「あの時の写真を
ゆずってくれないか?」と言われました。

c0145198_19381064.jpg



僕は早速、プリントしてアルバムにした。
やはり撮っておいて良かった。

写真は無くなってしまった風景や建物を記憶することはもちろん、
それを見るだけで、あの時の風の香りさえ思い出させてくれるから・・・。
by eos1d3 | 2013-02-20 19:41 | 徒然に | Comments(0)
ダイビル 復活
大阪・中之島の旧ダイビル跡地に今高層ビルが建設中である。
元々建っていた旧ダイビルの外壁をそのまま移設しているという。

大林組の監督さんに聞くと、外壁は古いものの現物をそのまま利用して軒のテラコッタは複製と
言う事だった。それでも、予想よりも随分素晴らしく復活したダイビルの外観をみて嬉しくなった。

c0145198_207937.jpg

c0145198_2043850.jpg



軒部分のテラコッタも複製ですが見事な再生です!
c0145198_2045893.jpg




一方こちらは解体前の現物のダイビル
c0145198_2053646.jpg



旧ダイビルも新ダイビルも両方大林組の施工と言うところが凄い!!
しかもその間、実に86年です。

旧ダイビル1925年竣工
新ダイビル2013年竣工

86年前に大林の大先輩が建てた大阪の最高傑作を、後輩が復活させる。
やっぱりゼネコンは凄いなぁ~~~。
by eos1d3 | 2013-01-07 20:12 | EOS5DMarkII | Comments(0)
中之島旅情
c0145198_1831352.jpg
c0145198_18313638.jpg
c0145198_18313045.jpg
c0145198_1832190.jpg



中之島は歴史的建造物の宝庫である。
歩いても歩いても歩き足りない。
もし、旧そうな威風堂々とした建物を見つけたとして、
その建物の正面のどこかに緑の札が張ってあったらそれは
きっと、大阪が未来に残しておきたい財産に間違いありません。

住友ビルも大阪図書館も中央公会堂もその代表的なものの一つ。
かつて大阪が大大阪と呼ばれていた象徴的で歴史的な建造物である。
by eos1d3 | 2012-12-30 18:37 | EOS5DMarkII | Comments(0)
新フェスティバルホール
c0145198_18552396.jpg
c0145198_1856443.jpg
c0145198_18565118.jpg



たしか、昔のフェスティバルホールにも中に入ると階段があったような・・・。

今回は2階に上がると旧フェスティバルホールが大好きだった歌手の方々のメーセージの
書いた色紙が並んでいます。
c0145198_18593940.jpg



その中に、近藤真彦氏のものもあります。
・・・と言うよりはコレを撮影するためにここまできました。
c0145198_1903131.jpg
c0145198_1914536.jpg



13階に上がれば展望フロアーがあります!!
本格的にOPENすれば外にも出れそうですが、今回は中だけでした。
ところで、ここに上がるまでのエレベーターが半シースルーで実に怖い。
高所恐怖症の方は目を瞑って居た方が念のためです。
c0145198_1955780.jpg




それにしても今日はいい天気だったなぁ~~。
c0145198_19145615.jpg
c0145198_19144744.jpg



撮影機材
EOS 5DMarkII + EF16-35mmF2.8LII & EF70-200mmF2.8LIS
by eos1d3 | 2012-12-29 19:09 | EOS5DMarkII | Comments(2)