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大阪朝日ビル
大阪朝日ビル

用途 オフィス、店舗
設計者 竹中工務店(石川純一郎)
施工 竹中工務店
事業主体 朝日ビルディング
管理運営 朝日ビルディング
構造形式 SRC造
建築面積 約1,400m²
延床面積 約14,600m²
階数 地上10階/地下2階
高さ 35.5m(軒高)
着工 1930年1月11日
竣工 1931年10月25日

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これほど優雅でオシャレなビルディングがあるだろうか。
80年前の竹中工務店の名作である。
大きく湾曲したRの建築物はデッドスペースが出来るためにデザインは優れても機能的には劣る。
それでもこの設計には、当時大大阪といわれた大阪のそれも中之島の意地が感じられる。

設計者も施工者も必死になっていいものを作ろうと懸命に作ったに違いない。
80年経っても、その優雅でオシャレなディテイルは一向に色褪せるものではない。

しかし残念ながらこの場所も朝日新聞社の「中之島プロジェクト」に入っており、隣に既に出来た
高層ビルとツインビルを構築するための準備に入るらしい。

やがて、80年の歴史はおわり跡形も無くなり、新しい超高層が建つのである。

新聞社は最新の情報を誰よりも早く、また正確に伝えるという使命がある。
80年前の器の中から最新のニュースを伝える・・・・・。
また、大阪から旧い建築がなくなるのか。
by eos1d3 | 2012-12-17 20:25 | 徒然に | Comments(0)
堂々
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御堂筋の外れにある住友総本店。
いつ見ても威風堂々としている。

15代当主の住友友純氏が寄贈したのが中之島図書館である。
距離にして僅かのところに両建築物は健在である。


これからも大阪御堂筋の文化財として後世に威光を照らし続けて欲しい。
by eos1d3 | 2012-12-11 19:16 | 徒然に | Comments(0)
図書館
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やっぱり、図書館だよなぁ~~。

20数年前、浪人時代に中之島図書館で勉強したこともある。
最近では大阪の古い地図も見に行った。

「本を見に行く」と言う、目的をより深いものにする住友家からの贈り物。

明治の古い地図には「大阪図書館」と言う押印があった。

大阪図書館として明治37年に開館してその2年後には「大阪府立図書館」に改名される。
と言う事は開館のときに最初からあった当時最新の地図である。

その地図は時間が止まったまま、108年の時が過ぎた。
今では、その地図のどこをみても当時の面影が無い。

そんな歴史に満ちた図書館である。

やはり、図書館は図書館である。それは、今日も明日も図書館でなければならない。
by eos1d3 | 2012-12-07 20:45 | 徒然に | Comments(0)
秋晴れ
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このところ秋晴れが続いている。
実に気持ちいい。
しかし週末には台風が近づくらしい。

うちの息子も日曜日は運動化の予定で毎日遅くまで練習している。
雨になると火曜日に延期される。
さすがに火曜日は平日なのでお父さん方は仕事で来れない人が多くなり寂しい。

なんとか台風が反れて運動会が出来ますように!
by eos1d3 | 2012-09-28 20:21 | 徒然に | Comments(0)
歴史的価値とは
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この古建築は1820~30年代(天保年間)に建てられた民家である。
約200年、江戸時代、明治、大正、昭和、平成と生き延びてきた本物の古建築物である。

写真を見れば分かると思うが、既に庭の木々も切られて解体を待つのみの状態だ。
このお屋敷のご主人は父の友人だったため、屋敷の解体が始まる直前にその雄姿を残したいと
申し出た私の願いを快く受け入れてくださった。

「思う存分撮ってやってくれ。」と一言だけ言った。



今、室町時代から続く大阪で最古と言われている、大阪市淀川区「渡辺邸」が上の屋敷と同じ状況に
なっているという。理由も同じで相続税が払えずに売却するというのである。


お屋敷が解体された後は、土地が小さく分割され戸建ての家が建つのが通常で、写真のお屋敷跡も
今では数十件の趣きがあるとは決して言えない同じような家が立ち並んでいる。


お屋敷の歴史と比べると解体する時間と言うのは一瞬の出来事であろう。
その一瞬の出来事で全てを失ってしまうのである。

もちろん、文化財法に守られて旧家の所有者が全て何もせずに先祖代々のお屋敷を維持できると
いうことだけを望んでいる訳ではないけれども、やはり歴史的価値があるものだけは見分けて、
保存し、未来に伝えていく事が大事だと思う。

歴史的価値とは、そのものが持っている時間の重みにほかならないと思う。
電気も重機もガスも何もない時代に職人の意気込みだけで建てられた建築物は細部までこだわりで満たされている。

今の、技術では再現できない匠の業も多いと思う。
そう言った歴史の重みを持った藝術品を今後我々はどれだけ後世に残すことが出来るのか・・・・。



最後に、写真のお屋敷のご主人の最後の一言が今でも耳に残っている。

「先祖代々守ってきた屋敷を自分の代で失くしてしまうことは、どんな事にも変えられないくらいに無念である」


渡辺邸が、どんな形であれ残されることを祈ります。
by eos1d3 | 2012-09-26 19:58 | 徒然に | Comments(0)
旧桜宮公会堂
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この由々しき建物は1871年(明治4年)141年前に建設された大阪の造幣寮(重要文化財)である。
実際には造幣寮は解体されたがこの正面玄関部分のみが保存されその後、桜宮公会堂の玄関として
生まれ変わったようである。ドリス式オーダーにも見えるのですがどうもトスカナ式と言うらしい。

上記の通り建物自体は1935年(昭和10年)の建造であるが、実は2007年までは市立図書館や
ギャラリーとして使われていたらしい。

しかし閉鎖されてから一体どうなるのか??明治4年の重要文化財が解体されることはないのか?
と思っていましたが、ついに結婚式場として生まれ変わることが決定したようです。


2階がチャペル、1階ホールは披露宴会場として1日に2組の挙式が出来るらしい。
平日はレストランとして営業するらしいので是非言ってみようと思う。


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こう言った、重要文化財が保存されて後世に残されることは素晴らしいと思う。
しかし、こう言った元々自治体や国が持っていた物件は重要文化財として認可されやすく残りやすいが
民間企業や個人の物件は相続税や維持費の関係で保存されにくい。

どんなに優れた重文級の民家でも個人が保持出来るのには限界がある。
代々相続していくうちに莫大な相続税がかかり、やがて物納となっていくのである。
そうして、我々日本人が守ってきた文化財が少しずつなくなって行く。

民主主義や自由経済の成長と文化財を残すことは相反する行為かもしれない。
しかし、政治や宗教や思想を超えて誰かが守っていかないと我々のご先祖様が確かに生きた証しが
なくなっていくのではないかと思わずには居られない。

我々は現に今を生きているのではなく、命を繋げて過去から命をもらいそれを未来に繋ぐ為に
生きていることを決して忘れてはいけないのである。
by eos1d3 | 2012-09-19 18:38 | EOS5DMarkII | Comments(0)
メリークリスマス
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大阪中之島もクリスマス一色。
今夜にも良い子の元にはサンタクロースからのプレゼントが届くに違いない。

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メリークリスマス
by eos1d3 | 2011-12-24 08:41 | EOS5DMarkII | Comments(2)
SUMITOMO'S BUILDING
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住友の総本店、住友ビルディングは歴史的建造物の宝庫である中之島でも別格を醸し出している。
いつ見ても、素晴らしい。この中で仕事が出来る人は幸せだなぁ~~。


用    途: 銀行
旧 用 途: 銀行、事務所
設 計 者:  住友合資会社工作部(日高胖・長谷部鋭吉・竹腰健造)
施    工: 大林組
建 築 主: 住友合資会社
構造形式  :鉄骨鉄筋コンクリート構造
建築面積  :約6,668平方メートル
延床面積  :約35,983平方メートル
階    数 : 地上5階、地下1階
高    さ : 約24.2メートル
竣    工 : 1926年(第1期)、1930年(第2期)

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撮影機材
1.3.6:EOS 5DMarkII + EF16-35mmF2.8LII
2.4.5:EOS 5DMarkII + EF70-200mmF2.8LIS
by eos1d3 | 2011-12-23 17:44 | EOS5DMarkII | Comments(0)
文化の日
今日は文化の日と言う事で奈良の明日香村に行って散策して写真でも撮ろうと思っていましたが、
あいにくの曇り空だったので予定を変更し、自宅から自転車で行ける範囲でブラブラと4時間ほど
走ってきました。


私の通っていた小学校は淀川沿いの旧村の中にある。
この旧村とはおそらく明治18年の地図にはっきりと載っていることから江戸時代には完全に確立されて
いたものと推測できる。今でこそ、小学校の周りは住宅が立ち並んでいるがつい50年前までは
隣村まで一望できるほどの田園地帯だった。国土地理院がサービスで行っている
国土変遷アーカイブ空中写真閲覧システム」を見ると一目瞭然である。


この旧村の住民はそれぞれが広大な土地に大きなお屋敷を建てていてそれはどの家も見事である。
小学校のクラスには私のような団地やアパートに住んでいる児童が8割であとの2割が旧村から通っていた。

そら着ているものや持っているものの全てが違ったように覚えている。
何百坪のお屋敷から通ってくる友達はみな本当に裕福だった。今、彼らはどうしているだろうか?
代々続くお屋敷をそれぞれが七転八倒のごとく守っているのであろうか・・・・、相続税や固定資産税、
いろんな問題に直面し土地や家屋を物納しながらご先祖の土地を切り売りする姿を目の当たりにし
また、その苦悩を見るにつれて、私はつくづく凡人の子で良かったと大人になって思ったものだった。

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2時間も自転車をこいで、そろそろお尻も痛くなった頃にコスモスが咲いている場所にたどり着いた。
本日の気温、11月になっても20度を越える陽気に恵まれている。

かつて、この辺りも長きに渡り水害に悩まされた地域である。
各お屋敷には木でできた舟があったのを思い出した。

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何も変わらない・・・・と言う事は決してありえないのではないか。
時間が止まったように見えるこの場所にさえ、11月には暖かすぎる風が通り抜ける・・・・・・。
いや、よく見てみると、もう全てが変わってしまったのかもしれない。


もうお尻が限界に達した頃、我が家につづく一本道が見えてきた。
あ~~、パンクしなくて良かった・・・・・。

安堵の気持ちが込み上げた。




撮影機材
ALL PHOTO:EOS 5DMarkII + EF24-70mmF2.8L
by eos1d3 | 2011-11-03 16:51 | 徒然に | Comments(2)
私の大好きな一文に、

「我想:希望是本無所謂有,無所謂無的。
 這正如地上的路;其実地上本没有路,走的人多了,也便成了路。」 と言うものがある。


これは魯迅の「故郷」の一文で、中学の教科書に載っていたので知っている人は多いと思いますが、
日本語に訳すと、
 
「思うに、希望とは本来「ある」ものとも言えなければ、「ない」とも言えないものだ。それは、地上の道のよう
なものなのだ、見よ、地上にはもともと道などなかった、そこを行く者が多ければ、それがやがて道になるだ
けではないのか。」

と、こうなるのですが、我々の普段普通に通っている道も元々あったものではない。
もちろん、人が通るために計画して作るのですが、もっと遡れば道は計画して作ったものではない!
と言う事が分かるのであります。

この地図は私達が普段見慣れているグーグルの最新地図と明治18年に新政府が最新技術を駆使して
作成した始めての地図である。まだ、江戸時代の面影が残る本当に貴重な地図であります。

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元々、農耕民族だった我々の先祖は川の近くの平坦な場所に自然に集まってきてやがて集落を作った。
そのたくさん出来た集落を結ぶものが「道」であり、出来るだけ安全にいけるようにたくさんの人が歩いた
跡が道になったはずである。だから江戸時代の道は決して真っ直ぐでない。曲がりくねっている。
それはいろんな障害物を避けながら、人がそこを歩いたからに違いないと思う。

この上下の地図を見比べると、赤い線で描いたのが120年前(ようするに江戸時代から)からずっと
人が通っている「道」であります。村は川の近くの水を引きやすいところに出来ています。

淀川は明治33年からの大改修で大きく姿を変えて多くの村が川の底に沈みましたが、それでも、
大阪・天神橋6丁目付近でものどかな農村地帯だったことが分かります。



この赤の線で書いた、古道には古い道しるべがあったりお地蔵さんがあったりします。
ようするに地図の中に埋もれた「本物の道」であります。人が歩くために作った道ではなく、歩いたから
そこが道になったのであります。そんな意味がある古い道を歩いてみると、本当に楽しく心が落ち着く。

こういった古地図を見ながら、江戸時代からある本物の道を探し出して歩いてみてはいかがでしょうか?
きっと、「何か」が見つかると思いますよ~~。
by eos1d3 | 2011-07-01 20:08 | 徒然に | Comments(0)