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永遠のスーパースター・・・・・・・
みなさんも既にご存じだと思いますが米国歌手のマイケルジャクソンさんが昨日亡くなりました。
心からご冥福をお祈りいたします。

つい先日、昭和の歌謡曲の話題をしましたが、国は違えどマイケルジャクソンさんは昭和の
スーパースターだったと思うのです。
今の時代では彼のようなスーパースターは生まれないだろうとさえ言われるように、あの頃は
世界中で「唄」と言うものが流行っていた感じがしました!

洋楽に疎い僕がマイケルジャクソンさんを初めて知ったのは中学3年生の時!
当時の若い先生のグループが「君たちに是非とも見せたいものがある!」と視聴覚室で
「We Are The Wolrd」のビデオを見せてくれました。

理科、体育、国語・・・・・各教科の若い先生が集まって教頭や校長に許可をもらい、授業時間に
その教科とは全く関係のない洋楽のビデオを見せてくれたのです。




日本語の字幕がありましたので中学3年生でも十分にこの曲の趣旨を理解出来ました。
そして24年経った今もこのビデオを見せてもらった事に感謝していますので、この授業は
成功だったと僕は思っています!

初めてみる超スーパースターの面々。
マイケルジャクソン、ライオネルリッチー、ブルーススプリングスティーン、シンディーローパー、
ビリージョエル、スティービーワンダー、レイチャールズ、ダイアナロス、ポールサイモン、ボブディラ・・・・・・・、

洋楽を知らない僕でも知っている人たちがそこにいました!
その時代だからこそ出来たのかもしれませんが、その中心となってマイケルジャクソンは奮闘したのです。

そのビデオを見終わってクラスのみんなは「自分たちも何かしなくては!」と放課後すぐにレコード店に
行ってEP,LPを買いました。国境を超えてそう言う気持ちにさせてくれた素晴らしいものでした!




あれから、24年!
彼にはいろんな事が起こったようですが、逆に言えばそんな事を世界中の人が知るほど彼は
世界的なスーパースターだった訳なのです。そんな歌手はもうこれからは出て来ないでしょうね・・・・。

晩年は歌の世界で満足に活躍が出来なかったかもしれませんが、星になった今、彼の時間は止まりました。
これからは彼が残した素晴らしい「遺産」の全てが次第にまた燦然と輝きだす事だと確信してなりません。
by eos1d3 | 2009-06-27 09:56 | 徒然に | Comments(17)
昭和の歌謡史・・・・・
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最近、夜中にYouTubeを見る機会が多い。
そんな中、ふと見てみるとやたら昭和歌謡史と言うか、アイドル全盛期の画像が多くて
旧いものが好きな僕は昔を懐かしみながら楽しんでいます。

僕と同年代(1970年前後の生まれの方)の方ならアイドル全盛期を小学校高学年~高校生
くらいの間で迎えたはずだ!仮に山口百恵ちゃんを1970年代の最後のアイドルとするならば
我々は1980年代~、そう!聖子ちゃんからの世代になるのであります。

聖子ちゃん、明菜ちゃん、秀美ちゃん、伊代ちゃん、優ちゃん、ちえみちゃん、もちろん
まだまだたくさんアイドルがいて数え上げればきりがありません。

特に、確か1982年は後のアイドル全盛期を支える「82年組」が出たことで有名であります!

この頃は日本の歌謡曲と言うのは今のように細分化してなかった気がする。
それはインターネットやTVゲーム、携帯電話、携帯ゲームなどがなく食後の楽しみと言えば
大人も子供もTVを見るしかなかったのであります!!
しかも今のようにTVが安くなかったので1台のTVを家族で見ると言うのはどこの家でも同じでした!
ですのでもちろん視聴者も偏ってなくて小学生からおじいちゃん、おばあちゃんまで一緒にTVを見ていたのを思い出します。

当然、演歌でもフォークでもアイドルでもなんでも来い!の歌番組になるのです。
現在の歌番組のような偏った選曲ではありません!五木ひろしや細川たかしが出ている横で聖子ちゃんも
一緒に歌うのをなんの不思議もなく見ていました。
ですので紅白歌合戦に知らない歌があるって言う事はほとんどなかったです!
今ではどうですか?紅白に出て初めて聴く歌もあるんではないでしょうか??


それにしても、あの頃が本当に懐かしいですね!
毎日のように歌番組がありアイドルがたくさん出ていた!華やかな時代でした!!

そんな我々も既に40歳前後になっております!女性は「アラウンドフォーティ」ともよばれていますよね!
僕らの最大の特徴は何しろベビーブームに産まれているので数が多い!どんな時も競争率が高かった!
そんな我々が今や社会の中心になってきている!社会的にそれなりの立場になったり、子育てに追われて
忙しく毎日を過ごしているに違いない!!

でも僕らの共通の価値観は小学生の時に培われたこの一体感であります!
欽ちゃんやドリフを見て笑い、同じアイドルの歌を聴き、同じ遊びをして過ごしました!

そんな昭和の最後の方を青春時代で過ごした僕らはいつまでも仲間意識が強いと思っています。

僕は、あり得ない話かもしれないですが、当時のアイドルが全員集まってしかも東京武道館から
4時間生放送でため息が出るくらいのヒット曲の連続を瞬きもせずに楽しんでみたいです。
by eos1d3 | 2009-06-24 17:23 | 徒然に | Comments(20)
1枚のCD
僕はもちろんLPレコードの時代から知っている世代であります。
初めてCDを見たのは1986年、高校1年のときの友人宅で見ました。
LP盤と違いなんてピカピカできれいなんだ!と思う気持ちと、こんな小さな中に音が入っているのか?
と思う気持ちでいっぱいになりました。

その1年後の1987年に僕もCDプレーヤーを買ってからは今までずっとCDを使っているが
よく考えたらLP盤で聴いていたのは約3年でCDは22年!すでに僕の世代も十分CD世代と言って良いと思います。

さて、そんな僕の1枚のCDですが、
「Clifford Brown with Strings」  と言うCDですが、簡単に言えばClifford Brownと言う
有名なジャズトランペッターが交響楽団と一緒に録音した・・・と言うものであるのです。

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このCDを購入したのは記憶が正しければ1992~3年、僕が大学2~3年のころだったと思います。
高校の頃からジャズが好きで全く詳しくはないのですが何枚か好き勝手に選んでは聴いていました。

この頃の僕は大学の授業で製図演習というのがあってその中で出る課題をこなすのに四苦八苦して
いたのであります。1つの課題が1ヶ月以上もかかり図面台に向かう日も多かったのです。
そこでいつも音楽を聴きながらやっていたのですが、当時流行ったハードロック系はどうも図面を
弾くのに向いていないらしく僕はジャズを好んで聴いていたという訳でした。


そして、ジャズと言ってもこのCDは1955年のレコーディングで音が悪いためにそれがかえって心地よく
聴こえほとんどいつもかけっ放しの状態でありました。

特に有名な曲ですが「Smoke Gets In Your Eyes」,「Wha's New」が大好きでした。



まぁ、あれから既に17~8年経ちますが、今でもこのCDを聴けばあの頃に戻りますね・・・・。

あの頃の景色や家族の顔、匂いまでも思い出すことが出来そうです!!

やはり大好きな音楽は聴くと当時を思い出させてくれますね。
おそらく100人いれば100人の思い出の曲があると思います。

音楽とは生活に切っても切れない大事なものです。自分でギターを弾いたりCDを聴いたりします。
最終的な趣味で何を取るかと言えば僕は間違いなくギターを取ると思います!!


さて、みなさんはどんな曲やCDが思い出深いですか??
by eos1d3 | 2009-04-10 21:24 | 徒然に | Comments(14)
我、青春のキョンキョン
今ちょうどNHKの「songs」という番組で2週続けてキョンキョンこと小泉今日子さんが
昔の歌を何曲か披露しています。

僕は1週目は見ました!そして2週目も見る予定です。

今、アラフォーと言う言葉が流行っています。
これはよく調べると40歳前後の女性を指すようだ。僕は男性なのでアラフォーには
当てはまらないかもしれないが40前後と言うことで同じ時代を生きているのは違いないのであります。

僕ら(1971生)が小学4年生くらいから高校に入るまで、トシちゃんや聖子ちゃんが出たころから
おにゃん子クラブ(字合ってますか?)くらいまでがアイドル全盛期と言えるような気がします。
そうですね、西暦でいうと1981年~1987年くらいでしょうか?

この間に本当にたくさんのアイドル達が出てきては消えて行きました。
今現在残っているのは当時、一世を風靡した何人かにとどまっているところを見ると
芸能界で長く生き続けることは本当に難しいんだなぁ~と思います。

そんな中で僕は何を言ってもキョンキョン派だった。

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このLPですが(CDではなくあくまでもLPです)僕が最初に買った記念すべきLPなんです。
小泉今日子 シングルベスト版{Celebration}(1984.12.5発売)

当時僕はステレオを持っていなくてレコード版を聞くことが出来なかった。
ですのでカセットテープ版(2800円)を買っていたのでした。
最初に買ったカセットテープは長渕剛の「HOLD YOUR LAST CHANCE」(1984.8.18発売)でした。

ステレオは父の身長を超えたら買ってもらう約束をしてたのでちょうどこの間に身長を抜いて
ステレオを手に入れたことになり、今でも鮮明に覚えているのであります!

この頃、キョンキョン派と2分する勢力で明菜派が存在した!
キョンキョンが明るく活発な女の子という感じに対して、明菜ちゃんはどこか大人びた不思議な女の子というイメージでした。

もちろんちえみ派(堀ちえみさん)、伊代派もいたがごく少数だった気がします。

僕は特にキョンキョンの「半分少女」と言う歌が好きでこの歌を聴くとすぐにでも中学1年生に
戻れるのです。

演歌もポップスもニューミュージックもアイドルも一緒になって同じ歌番組に出ていて本当に
賑やかな時代で歌謡界が輝いていました。あの頃の唄はジャンルを超えて何でも知ってますよね?

あれからもう25年も経ったんですね・・・・・。
歌謡界は散り散りバラバラになってしまったけど、あの頃の歌は今でも十分に輝いていますよ!
やはり青春の曲はいつまで経っても最高だ!!

来週もキョンキョン見るぞ~~~~。

みなさんはあの頃どなたのファンでしたか?
by eos1d3 | 2009-01-23 18:16 | 徒然に | Comments(18)
大阪で生まれた女 18
みなさんはBOROが唄った「大阪で生まれた女」という曲を知っているでしょうか?

おそらく40歳前後の方はリアルタイムで知っていると思います。

     踊り疲れた ディスコの帰り
     これで青春も終わりかなと呟いて
     あなたの肩を眺めながら
     痩せたなと思ったら泣けてきた

     大阪で生まれた女やさかい 大阪の町よう捨てん
     大阪で生まれた女やさかい 東京へはようついて行かん
     踊り疲れた ディスコの帰り
     電信柱に染み付いた夜

という曲であります。

実はこの曲は本当は18番まである30分を超える長い曲なのです。
それをレコーディングする際にその中から4番と6番だけをつまみだして世に出したと
言うものなのです。僕はこの18番まである「原曲」のものを1989年に買いました。

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実は1989年と言うのは僕にとっては意味のある大きな年でした。
1つ目に高校卒業して今までの仲間と離れ、しかも大学受験に失敗し環境が大きくかわったこと。
2つ目に昭和の時代が終わり平成になったこと。高校生ながらにこの年号が変わると言う事は
非常に意味のある出来事でした。
3つ目に車の免許を取り、行動範囲が大きく増えていろんな場所に行けるようになったこと。
責任のある自由の痛感しました。(免許は高校時代に取得です)
4つ目に人生でたった1年ですがどこにも属さない「浪人」という極めて不安定な境地に立った
のです。その不安は意外に大きく勉強嫌いな僕は本当に苦しみました。


そんな年に、ようするに浪人中にこの曲を購入したのです。

僕はギターをやっていたのでBOROの曲は結構聞いていました。
そしてこの長い18番までに曲を買ったのでした。

そんな激動の中で聞いたこの曲にびっくりしました。

この歌の主人公「大阪で生まれた女」の高校生から現在までが唄われているのでありました。
高校の時に夢を追いかける男を好きになり、やがて男は夢を叶える為に東京に出る。
自分は大阪を出たくなかったけど、結局は彼を追って東京に行くことを決意した。
ここまでがレコードになった内容です。

しかし実際はここからまだ12番もあるのです。

東京で2人で力を合わせ暮らすのですが、生活に追われてなかなか夢が現実にならない
そんな苦しい生活の中「大阪で生まれた女」の親から大阪に戻ってこいと手紙がきたのです。

「大阪で生まれた女」は夢を追い続ける人と別れて1人大阪に戻る決意をしました。
そして2人には別々の好きな人が出来、大人への扉を開けたのでした。

結局、「大阪で生まれた女」は大阪で夢を追った人ではない人と結婚し子供が出来ました。
そこである日、夢を追った人が「夢を叶えた」人になった事を知るのです。
高校での出会い、そして東京での2人の暮らし、すべてが素晴らしい思い出に変わった今
それと同時に過去の出来事にも変わった瞬間でした。

これは16番です。

    最後の手紙
    夢をつかんだ人へ
    すばらしい人生を創る人よ
    あなたがくれた日々に乾杯
    大阪は今日もあの日のまま
    あなたの青春が残っている
    大阪は今日も活気にあふれ
    又どこからか人が来る
    最後の手紙
    夢をつかんだ人へおめでとう
    大阪で生まれた女より
    大阪で生まれた女より


そして最後の18番はこう締めくくっています。

    青春は何かを
    つかもうとする時
    ゆがんだ正義を
    つかまされもする
    それを否定することは出来ない
    たとえ小さな過ちでさえも
    それは小さな二人の
    愛のせいではなく
    青春そのものが
    ゆれ動く時代

青春とは同時に未熟ながら一生懸命に生きている瞬間でもある。
未熟であるから故に間違った道に進んでしまうこともあり得ます。
しかしそれを否定する事は出来ません。
青春とは何かに向かって真っすぐ進んでいる姿であり過程でもあります。
決して、若かった時のことではなく、今も真っ直ぐに夢に向かって進んでいる人は
青春の中に生きているのであります。
by eos1d3 | 2009-01-08 09:55 | 徒然に | Comments(14)